ママの童話少年とクジラ
吉藤 まさきママの童話
椰子の葉が、そよ風に揺れています。
青く広がった空には、雲ひとつなく、お日様がかがやいています。
波の音が、やさしく聞こえてきます。
白い砂浜には、子供用なのか、小さなカヌーが置いてあります。
椰子の陰から少年が出てくると、そのカヌーを海へ押し出しました。
少年は、パドルを上手にこぎ、沖へと向かいました。
少年は、珊瑚礁に囲まれた、小さな島の漁師の子供で、名前はポポロ。
夏休みの間、ポポロは家族を手伝い、自分のカヌーで漁をしているのです。
ポポロは、珊瑚礁の漁場に着くと、錨の変わりに、ロープで繋いだ大きな石を海に落としました。
そして、小さな水中眼鏡を両目にあて、銛を持っと、海の中に入っていきました。
透き通った綺麗な海には、沢山の魚が泳いでいます。
ポポロは、高く売れそうな、大きな魚はいないか探しました。
すると、聞いたことのない音が聞こえて来ました。
キューキュー、キューキュー、トトト
（ん・・・・何の音かな？）
ポポロは、音のする方へ近づいて行きました。
そこには、浅い海の中で、窮屈そうに尾びれを振り、砂を舞い上げている、ザトウクジラの子供がいました。
音の正体は、群から離れて、この湾に迷って入ってきた、このクジラの、助けを呼んでいる声でした。
珊瑚礁で囲まれたこの島の湾には、水深の深い場所が一つしかないので、大きな生き物が迷い込むと動けなくなり、出られなくなるのです。
クジラに近づくと、子供だとってもポポロの何倍もの大きさでした。
（大きいなあ！どうしよう）
クジラの大きな目が、ポポロを見ています。
しかし、どうした訳か怖くはありません。
クジラも同じように、怖くないのか、ポポロが近づい来るのを見ても、逃げることもありません。
キューキュートトト
子供のクジラは、助けて欲しいらしく悲しい声で同じ鳴き声を繰り返しています。
ポポロは、クジラがかわいそうなので、助けてあげようと思いました。
ポポロは、クジラの前に止まりました。
そして、クジラの目を見ながら、心の中で言いました。
（クジラさん、大丈夫だよ。僕が助けてあげるからね）
クジラは、じっと動かずに、ポポロを見つめています。
ポポロは、子クジラの前で手を振って、鳴き声を真似してみました。
キューキュートトト
すると、クジラは、ポポロの声が分かったのか、目を少し動かし、頭を上下に振りました。
ポポロも同じ様に頭を上下に振りました。
（クジラくん、僕の後をついておいで）
ポポロは、クジラの目を見ながら、そう心の中で言うと、子クジラの前を泳いで、珊瑚礁の出口に向かいました。
子クジラは、ポポロが味方だと分かったらしく、浅い海を窮屈そう泳ぎながら、珊瑚礁の出口まで、ポポロの後をついて来ました。
すると、珊瑚礁から出た、外海の方から、違うクジラの鳴き声が聞こえてきました。
キューキュートトトチチチチ
その声は、子クジラの声とは違い、大きく優しい声でした。
母クジラが子クジラを、呼んでいる声のようでした。
子クジラが答えて、鳴いています。
キューキュートトト
珊瑚礁の外には、大きな母クジラが子クジラを、待ってました。
（わー、すごい！どうしょよう）
子クジラも大きい体でしたが、母クジラはその倍以上あるので、ポポロは、泳ぐのやめ、近づきませんでした。
子クジラは、外海に出ると、大きく尾びれを振って、頭を上下に振りながら、母クジラに近づき嬉しそうに鳴き声を出しています。
キューキュートトト、キューキュートトト
そして、子クジラは、、目の前に戻って来ると、ポポロにも、嬉しそうな声あげて鳴きました。
キュウーキュートトト
ポポロも、また同じように真似をして繰り返し声を出してみました。
キューキュートトト
母クジラがポポロに近づいて来てました。
大きな壁のような体が、ポポロの目の前をゆっくり通り過ぎると、向きを変え、ポポロの前に止まりました。
そして、頭を上下に振りながら、ポポロを優しい目で見つめました。
母クジラが、まるでお礼を言うように、
チチチチ、トトトト、チチチチ
と鳴きました。
ポポロは、また真似をしました。
チチチチ、トトトト、チチチチ
ザトウクジラの親子は、ポポロの鳴き声が分かったのか、もう一度頭を上下に振りました。
そして、仲良く並んで、沖の海へ帰って行きました。
ポポロは子クジラ達を見送りながら、助けてあげて良かったと思いました。
次の日も、ポポロは海に出ました。
夏休みの間、天気の良い日は、漁を休まず手伝うのが島の子供達のきまりです。
いつもの漁場で、海に潜っていると、昨日会った子クジラの、楽しそうな鳴き声が聞こえてきました。
その声はポポロを呼んでいるように聞こえます。
声は外海から聞こえてきます。
ポポロは、声のする方へ泳いで行きました。
珊瑚礁から少しはなれた海に、大きな母クジラと子クジラの背中が浮いているのが、見えてきました。
外海は、危険なサメが時々現れるので、一人で泳ぐのは危ないのですが、大きなクジラが一緒にいれば大丈夫です。
ポポロが海の中に潜ると、子クジラが近づいて来ました。
大きな目で、ポポロを見ながら、長い胸びれを広げて、頭を上下に振っています。
ウイーウイータタタタ
一緒に遊ぼうと、言っているようです。
ポポロも頭を振りながら、手を広げて答えました。
ウイーウイータタタタ
ポポロは、泳いで珊瑚礁からはなれ、広い外海に出ました。
ポポロが潜ると、子クジラが後をついて来ました。
そして、ポポロがそっと背びれを持つと、嫌がりもせずに、そのまま引っ張って泳ぎました。
子クジラは、ぐんぐん速度を上げて海のなかを引っ張ります。
「わー、すごいすごい！」
ポポロは、子クジラと一緒になって海の中を自由自在に泳ぎました。
子クジラが、海の上に浮かび上がったので、ポポロは、海面に出ている子クジラの背中に、そっと、またがって乗ってみました。
ウイーウイータタタタ
子クジラは、嬉しそうな声を出し、ポポロを乗せて、ゆっくりと泳ぎ始めました。
大きな背中に乗っていると、何だか偉くなったようで、嬉しくなりました。
「どうだ、僕は、海の大将だぞ！」
ポポロは、自慢そうに声を出しました。
ポポロは、遊びに夢中になって、時間のたつのを忘れていました。
お日様が西の空に傾いています。
「あ、いけない。魚をとらなくちゃ」
ポポロは、空を見て、ずいぶんと長く遊んでいたことに気づきました。
「クジラさん。僕は帰るよ」
すると、子クジラは、言った事が分かったらしく、返事をするような鳴き声を出しました。
キューキューキューチチチチ
ポポロも真似しました。
キューキューキューチチチチ
子クジラは、ポポロを乗せて珊瑚礁の近くまでつれて行きました。
ポポロは急いで、珊瑚礁の内側の海に帰って行きました。
その日はクジラと遊びすぎたせいで、魚を少ししかとれませんでした。
屋根が椰子の葉で造られた、小さな家に帰ると、お母さんと、一つ年下の妹レンレンがポポロの魚を待っていました。
ポポロは、かごに入った魚を、お母さんに渡しました。
「今日は、あまり魚がとれなかっただね」
お母さんは、少しがっかりしたように、言いました。
「うん、ごめんねお母さん。魚が少なかったんだ」
クジラと遊んだことは、秘密にしました。
「いいんだよ、これだけあれば夜の食事には充分だよ。明日は沢山とれると良いねポポロ」
優しいお母さんは、少ない魚でも喜んでくれました。
その夜、ポポロは眠るとき、妹のレンレンに、クジラと遊んだ楽しいことを、小さな声で、そっと話しました。
「お兄ちゃん。クジラさんと会うときには、私も一緒につれてってね」
「分かった。もう少し仲良くなったら、つれてってやるよ。でも、このことは二人の秘密だぞ」
東の海から、お日様が昇ってきました。
ポポロは、子クジラと遊んでいても、魚が沢山とれるように、いつもより早く漁に出ることにしました。
ポポロは、カヌーを外海の近くにとめ、海に潜り、覚えていた鳴き声を出してみました。
「たしか、これが挨拶の声だったな」
キューキュートトト
キューキュートトト
ポポロが、何度も繰り返して鳴き声を出していると、返事が返ってきました。
子クジラの、声のようです。
キューキュートトト
海の沖から、大きな二つの黒い影が近づいて来ました。
大きなお母さんクジラと子クジラです。
お母さんクジラが、ポポロに近づいて、目の前でとまり、声を出しました。
キューキュートトト
ポポロはこの鳴き声が、思った通り、クジラ達の挨拶の言葉だと分かりました。
ポポロは、一つですがクジラの言葉を覚えて嬉しくなりました。
挨拶が終わると、子クジラがポポロの目の前で、母クジラに甘えるように、頭を振りながら何かを言い始めました。 キューキューキョ、キューキューキョ
お母さんクジラが、海面近くで泳ぐのをやめ、静かにとまりました。
子クジラは、胸びれを上手に使いお母さんクジラの背中に乗りました。
子クジラの体の半分は、海の上に出ています。
そして、お母さんクジラが、背中を海の上出し、頭を少し反らすと、子クジラは、まるで滑り台のように背中を滑って海に落ちていきました。
スルスルスル、ザブン！
ポポロが、海に浮かんでそれを見ていると、お母さんクジラの、大きな胸びれが、近づいいてきて、ゆっくりとポポロを持ち上げました。
「うわー、すごい」
ポポロは、お母さんクジラの背中に、押し上げられました。
今度は、ポポロの番のようでした。
ポポロは、お母さんクジラの背中にはい上がり、頭の上に座りました。
お母さんクジラが頭を反らすと、ポポロの体が、尾びれの方へ滑り落ちて行きました。
スルスルスル、チャポン！
ポポロと子クジラは、何度もくり返して滑って遊びました。
キュウキュウ、トトトト
お母さんクジラが声を出して、大きな胸びれを動かし、泳ぎ始めました。
滑り台は、もうこれで終わりのようです。
ポポロは、海に潜りました。
子クジラが、後を付いて来ます。
ポポロが、口から空気の泡を出すと、子クジラも空気の泡を出します。
すると、母クジラも、子クジラに合わせて空気の泡を出しました。
大きなクジラの泡は、まるで空気のカーテンのように海に広がりました。
「わーきれいだな」
クジラの親子が、何かを言っています。
子クジラが、ポポロに話しかけてきました。
キューキューウーウ、ウーウ
ポポロに楽しいと、言っているようです。
キューキューウーウ、ウーウ
ポポロも、楽しいと言いました。
ポポロは、クジラの声を聞きながら遊んでいるうちに、挨拶以外のクジラの言葉も、少しずつ分かるようになっていました。
ポポロは、子クジラに、分かっている簡単な言葉を、自分から声を出して話かけてみました。
その言葉は、挨拶や、止まれ、楽しいとか、ほんの少しの言葉でしたが、それだけでも心が通じあえました。
そして、ポポロは、子クジラがよく、チチ、チチチチ、と鳴くので、名前を、チチと呼ぶことにしました。
夢中で遊んで、ふと、空を見上げると、いつの間にか、もうお日様が真上までやってきていました。
「おっと、いけない。仕事をしなくっちゃ」
ポポロは、頭を振りながら、挨拶の声を出しました。
キューキュートトト
クジラの親子は、分かったらしく頭を上下に振りながら声を出して答えました。
キューキュートトト
クジラの親子は、空に向かって小さなジャンプをしました。
ザザザザ、ザブン、ザブン！
クジラの親子は、大きな波を残し、沖の海へ帰って行きました。
その次の日からポポロは、毎日、朝早く起きて、昼までクジラと遊びました。
それから、数日たちました。
ポポロは、約束を守り、レンレンを海につれて行くことにしました。
二人は、カヌーに乗って、外海の近くまで行きました。
ポポロは、海に潜り、チチを呼びました。
チチ、キューキュートトト
チチ、キューキュートトト
子クジラは、ポポロが自分をチチと呼んでいることを分かっているようでした。
何回か繰り返していると、チチと母クジラが近づいて来ました。
大きなクジラが、潮を吹きながら近づいて来たので、レンレンは、少し怖くなりました。
「大丈夫だよ、レンレン」
ポポロは、海から顔を出し声をかけました。 「怖くないから、カヌーから降りてごらん。子クジラのチチが、遊んでくれるよ」
「お兄ちゃん。本当に怖くないの」
レンレンは、ポポロのように上手く泳げませんが、どうしても遊びたかったので、カヌーからゆっくりと降りました。
しかし、海に入ってみると、怖いと思っていた大きなクジラが、あまり怖く感じなくなっていました。それは、ポポロが最初に感じたように、クジラと心が通じたからかもしれません。
チチがレンレンに近づいて、頭を振っています。
「チチが挨拶しているんだよ。レンレンも潜って頭を振ってごらんよ」
レンレンが言われた様に潜って頭を振ると、チチは嬉しそうな声を出しました。
キューキュートトト
レンレンも真似をしてみました。
キューキュートトト
チチは、レンレンに近づき、大きな胸びれで、そっとチチの手に触れました。
レンレンは、チチの胸びれを、手でしっかりとつかみました。
チチの優しい大きな目が、レンレンを見ています。
チチとレンレンは、もう友達です。
レンレンは、チチの背中に乗りました。
チチはレンレンを乗せて、海の上をゆっくりと泳ぎ始めました。
「わー、すごい、すごい！」
ポポロとレンレンは、その日の昼までクジラ達と楽しく遊びました。
それから数日たちました。
ポポロが海に出ると、その日には、チチと母クジラの他に、見たことのない五頭のクジラがいました。
群で一番大きな、ボスらしいクジラが、頭を海の上に出して、カヌーに乗って近づいて来るポポロを、ギョロリと見ています。
クジラ達に、旅立つ日がきたようでした。
ポポロは、夏が終わると、クジラ達が群になり、北の海に帰ることを知っていました。
チチは、友だちのポポロに、お別れの挨拶にやって来たのです。
ポポロは海に潜り、声を出しました。
チチ、キューキュートトト
すると、クジラたちが、みんなで声を返してきました。
キューキュートトト
キューキュートトト
海の中に声がひびき、広がっていきました。
大きなボスクジラが、青空に向かって高くジャンプをしました。
ドドドド、ザブン！
ボスクジラが、一番目にジャンプをして、最初の、さよならの挨拶をしました。
続いて、チチも、母クジラも、他のクジラたちも同じように高くジャンプしました。
ドドドド、ザブン！ザブン！ザブン！
海に沢山の水しぶきが上がりました。
お別れの時がきたようです。
ポポロは、クジラたちが潮を吹きながら、遠い水平線に消えて行くまで見送りました。
それから、一年がたち、また夏休みがやってきました。
ポポロは、透き通った海に潜り、大きな魚を探していました。
すると、聞きおぼえのある、嬉しい声が海の中を伝わって来ました。
チチの声でした。
キューキュートトト
チチがまた南の島へ帰って来たのです。
ポポロは急いで、珊瑚礁から外海に出ました。
そこには、一回り大きくなったチチと母クジラがいました。
チチが近づいて来て、嬉しそうに頭を振っています。
「チチ、帰って来たんだね」
母クジラも近づいて来ると、大きな頭を振り挨拶をしています。
「よーし、一緒に遊ぼう」
ポポロは、また去年の夏のように、チチと海の中で楽しく遊びました。
その年の夏休みも、ポポロは朝早く起きて、十数日の間、毎日クジラ達と楽しい時間を過ごしました。
三度目の夏休みに再会したチチは、もう母クジラと、同じ位の大きさになっていました。
もう少しで、立派な大人のオスクジラです。
いくら大きくなっても、チチはポポロの友達です。
チチは、すぐにポポロに遊ぼうと、頭を振りながら近づいて来ました。
キューキュートトト
ポポロも、頭を振りながら、挨拶をしました。
キューキュートトト
ポポロは、チチが大きすぎるので、初めはどうやって遊んだらいいのか、少し心配しましたが、やはり、いつもの通りに遊ぶことにしました。
ポポロは、海に潜り、大きな胸びれにつかまりました。
すると、チチは、体を海面に出し、胸びれを軽く持ち上げ、ポポロの体を宙に浮かし、１０メートル近く先に飛ばしました。
「わわわ、うわー、すごい！」
ドボン、ザブザブザブーン！
チチの力は、前より何倍も強くなっているようでした。
ポポロは、大きくなったチチの背中にまたがりました。
そして、島に伝わる漁師の歌を歌いました。
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
海のー神様、今日はーご機嫌
おかげで、大漁ードッサリコ
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
チチも、歌が気にいったようで、一緒に歌い始めました。
キューキューキュー
キューキューキュー
チチが歌い始めたので、ポポロは、嬉しくなって、足でトントンとリズムをとりながら、歌いました。
チチも、足のリズムが分かったらしく、リズムに合わせて、歌います。
キューキューキュー
キューキューキュー
広い海の上を、ポポロとチチは、仲良く歌を歌いながらゆっくりと泳ぎました。
その年の夏休みは、魚が沢山とれたので、ポポロは、それまでで一番長い時間を、チチと一緒に遊ぶことが出来ました。
ポポロとチチは、三年も一緒に仲良く遊んでいたので、言葉はあまりうまく言えなくても、心の通じ合えた、本当のベストフレンドになりました。
夏休みが終わるころ、チチとの別れの時がきました。
ポポロは、来年の夏には、もうチチに会えないかも知れないと思いました。
それは、大人になったオスクジラは、群からはなれ、今までとは違ったコースを回遊するので、この島には、近寄らないかもしれないからです。
ポポロは、さよならの大きなジャンプをしながら、遠ざかって行くチチを見て、そう思いました。
チチと初めて会った日から、四度目になる、夏休みがやってきました。
ポポロは、漁に出ると、いつものように、チチを呼びました。
チチ、キューキュー、トトト
チチ、キューキュー、トトト
しかし、いくら呼んでも、返事は返ってきませんでした。
その年の夏、チチは、ポポロが思った通り、島に帰って来ませんでした。
チチは、もう大人のオスクジラになったようです。
ポポロは、夏休みになるたびに、チチを呼んで探しましたが、やはり、二度と島に戻って来ることはありませんでした。
それから、ポポロは、家の仕事を手伝いながら勉強も頑張って、島の学校で一番の成績になり、ワイキキの大学に入学しました。
そして、大学では、学校の先生になる勉強をし、小学校の先生になりました。
小学校では、よく生徒達を海につれて行き、野外授業をしました。
ポポロが先生になり、八回目の夏休みをむかえた、ある日のことでした。
ポポロは、五人の生徒をつれ、ボートにのって、小さな島に行き、キャンプをしました。
生徒は、女の子の、小柄で目の大きなナンシーと、少し大人びた金髪のエリザベスの二人。
男の子は、生徒達の中で一番小さくメガネをかけたジム、少しふとっている優しいラリー、そして一番体の大きなトムの三人です。
島では、まず、生徒達が自分でテントをはることから始まります。
ポポロは、テントをはるのも、場所も、危険がないかぎり生徒達にまかせていました。
そして、テントがはり終わると、火をおこすために、枯れ枝や流木を集めます。
島では、出来る限り自然にある物を使って生活することを教えていました。
食事が終わり、空に星がかがやき始めると、集めた木を燃やし、キャンプファイヤーを始めます。
ポポロは生徒達と火を囲み、焼きマショマロを食べながら、夜おそくまで、子供の頃に島で過ごした、楽しい思い出を生徒に聞かました。
次の日の朝、空が明るくなり始めると、ポポロは、生徒のテントをまわり、まだ眠っている生徒を起こしました。
「さあ、みんな、起きるんだ。朝日を見に行くよ」
「先生。どうしても、いかなくちゃいけないの？」
エリザベスが、目をこすりながら、不満そうに言いました。
「うん、どうしても。ここの朝日はね、とてもきれいなんだよ」
「あーん、まだ眠いよ・・・・・先生、僕達もだろ」
あくびをしながら、トムも不満そうに言っています。
「そう、みんなで、見るんだよ。さあ、起きた起きた」
ポポロは、自然の素晴らしさを、少しでも体験させたいので、キャンプの次の朝は、生徒達を早く起こし、朝日の昇る景色を見せていました。
生徒達は、砂浜に並び、朝日の出るのを待ちました。
東の海の水平線から、オレンジ色の朝日がゆっくりと頭をのぞかせました。
太陽の明るい光が、白く灰色がかって見えていた木々や、全てのものを照らしていき、島のまわりのものに、きれいな色をつけていきます。
太陽の光に、元気な力をもらった小鳥たちが、嬉しそうに鳴いています。
暖かい朝日が、やさしく生徒達の顔を照らしています。
「うわーきれい！」
不満そうだった、エリザベスが、海に向かって歩きながら言いました。
他の生徒は、ゆっくりのぼる朝日を、ただ、だまって見ています。
「先生、ほんと、きれいだね」
トムが、にっこり笑いながら言いました・ 「うん、そうだろ」
朝日を見終わると、ポポロは、生徒達の前で、海の中に歩いて入って行きました。
そして、生徒達に小さく手を振ると、小さな水中メガネをかけ、腰に着けていた短いモリを手に持ちました。
「よーし、みんな、ちょっと待っててくれ。先生は、今から、みんなの朝ご飯をとってくるからね」
ポポロは、そう言うと、海に潜っていきました。
ポポロは海に潜り、十数分間の短い時間に、数匹の魚と、十数個の貝を入れた網袋を手に持って、海から上がって来ました。
「はい、これが、朝ごはん」
ポポロは、袋をみんなの前に差し上げて見せました。
生徒達は、袋に入った魚や貝を見て、ポポロがあまりにも短い時間にとってきたので、驚いています。
「先生、すごい。ほんとうだったのね。先生が子供の頃に、漁師だったってこと」
エリザベスが、感心して、そう言いました。
「うん、そうだよ。さあ、これをテントに持って帰って、朝食だ」
ポポロは、テントに帰ると、自分が子供のころから作っていた、鍋に魚と貝と野菜を入れて煮るだけの、簡単な朝食を作りました。
塩だけで、味付けした料理でしたが、新鮮な自然の味に、生徒達はみんな喜んで、美味しく食べました。
昼食には、時間をかけないで、パンとソーセージだけですませ、テントをたたみ、周りの片づけをしました。
ポポロは、時間をかけ、自分達がテントの周りの自然を壊していないか、生徒達に調べさせました。
小さなゴミも全て集め、地面も掘り起こした所はきれいに埋めて、来た時と同じよう平らにしました。
ポポロは、人間と自然が触れ合う場所には、守らなくてはいけないルールがあることを、生徒達に教えました。
そして、昼過ぎにはキャンプを終わりにし、ワイキキへ帰るために、生徒達を船着き場へつれて行きました。
「みんな、忘れ物はないね。それじゃあ、今から、ワイキキまで帰ります」
「はーい、先生」
生徒達は、元気よく返事をして、ボートに乗り込みました。
ポポロは空を見上げました。
空は晴れ、遠く水平線の上にも雲が無く、風もほとんどふいていません。
天気が良ければ、島からワイキキまでは、ボートで一時間で帰れる距離です。
この時間に帰れば、夕方にはワイキキに到着出来ます。
生徒達は五人でしたが、ボートは、安全のため少し大きめの十人乗りでした。
「みんな、ライフジャケットはしっかり着けたね」
ポポロは、生徒達のライフジャケットを確認しました。
「ナンシーは良し。エリザベスは、ベルトをしっかり止めるんだよ」
ポポロは、ゆるんでいた、エリザベスのベルトをしめました。
「ありがとう、先生」
「はい、いいよ。男の子はどうかな？」
「大丈夫だよ、先生。ジムとラリーのライフジャケットは、僕がしっかりつけたから」
男子生徒の、リーダーのトムが、自信ありそうに親指を上にあげながら答えました。
「よし、じゃあ、出発するよ」
ポポロは、スロットルレバーを前に倒し、エンジンの回転を上げました。
ボートは少しずつスピードを上げ、ワイキキを目指し、波しぶきをあげて進み始めました。
青空に浮かんだ太陽は、もう西の海の方へだいぶ傾きはじめています。
島から離れ、十数分たったときでした。
ドン！ドドドドン！
バリバリ、バリ！
ボートが、大きく揺れ、突然止まりました。
海を見ると、波の間に隠れていた、大きな流木にボートが衝突しています。
ボートは木造船なので、衝突した船底の板が破れて大きな穴が開き、そこから、海水がいきよいよく入ってきました。
海水につかって、エンジンは止まってしまい、電気もショートして、無線機が使えなくなりました。
これでは、無線機で助けを呼ぶ事もできません。
海水がどんどん入り続け、ボートは沈んでいきました。
ポポロの持っていた、バッグに入れた携帯電話も海水につかり、こわれたようです。
「先生こわい！」
エリザベスが、ポポロにしがみついてきました。
「大丈夫。この船は木造船だから沈まない。だから、しっかり船につかまってるんだ」
ボートは、重い船尾からゆっくり沈んでいきました。
ポポロは、生徒達を船首の方へ移動させました。
生徒達には、大丈夫だと言いましたが、本当に沈まないかどうかは、ポポロにも分かりません。
ボートの船尾が、海の中にすっかり沈んでしまい、ポポロ達は、海水に追われるように、まだ浮いている船首の方へ移動しました。
ポポロは、いくら木造船でも、このまま沈んでしまうかもしれないと、少し不安に思いました。
しかし、しばらくすると、ボートは、木の浮く力と、ボートの重みの沈む力が、水面ぎりぎりでつり合い、船首を海面の上に出して、もうそれ以上は沈まなくなりました。
ポポロと生徒達は、船首にある、デッキの手すりにしがみ付いていました。
ここならどうやら海水には濡れなくてすみそうです。
「みんな、船をしっかりつかんで、離すんじゃないよ。船から離れなければ、必ず助けが来るからね」
ポポロは、安全のために、自分と生徒達をロープでつなぎ、先端を手すりに結びました。
ポポロは、予定通りボートがワイキキに到着しなければ、捜索隊が出ると分かっていました。
しかし、もうすぐ日が暮れます。
ポポロは、夜になると空からの捜査は無理なので、ボートが発見されるのは、早くても、明日の朝になるかもしれないと思いました。
そして、もう一つ心配なのは、ここの海流が、陸から遠ざかる流れだということでした。
ポポロは、自分のロープをほどき、海に沈んでいる船室に潜り、一晩ボートで過ごせるように、ポリ容器に入った水と、ビニール袋に入った非常用のクラッカーを取り出しておきました。
水は十リッターあり、クラッカーもみんなが食べても、二、三食分はありそうです。
西の海に、太陽がゆっくりと沈んでいくと、暗くなり、だんだんと見えにくくなっていく陸に、ポツリポツリと街の電灯がつき始めました。
「先生、陸から少しずつ離れていっているように見えるけど、大丈夫なの？」
ジムがメガネを外し、陸を見ながら、心配そうに聞きました。
ジムは、お父さんと、よくボートに乗って海に出ているので、陸から遠ざかっていることに気が付いたようでした。
「ジム、そうなんだ。正直に言うと、ここの海の流れは、陸から沖に向かう流れなんだ。だからこのまま、少しずつ遠ざかって行くけど、そんなに強い海流じゃあないから、大丈夫だよ」
生徒達にいくら大丈夫だと言っても、その顔は、今にも泣き出しそうでした。
幸いその日の夜も、空には明るい満月が輝き、海は風もなくおだやかだでした。
ポポロは、空や風の様子から、子供のころから生活していた海の経験で、このおだやかな海の状態は朝まで続くと分かりました。
「先生、ぼく、腹へったよう」
ラリーが、丸くふとったお腹を押さえながら言いました。
それを聞いた、生徒達がニコリと笑いました。
「先生、私も、は、ら、へ、っ、た」
エリザベスが、ラリーの真似をして、お腹を押さえながら、ふざけたように言いました。
ハハハハ、ハハ
生徒達は、声をあげて笑いました。
「先生も、は、ら、へ、っ、た、なあ。よし、じゃあ、クラッカーしかないけど、みんな、今から分けるから、これで我慢してくれよ」
ポポロは、クラッカーを、みんなに手渡しました。
生徒達は、クラッカーを食べ、少し元気が出てきたようです。
ポポロは、生徒達を安心させるために、子供のころ、よく海で歌った、漁師の歌を歌い始めました。
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
海のー神様、今日はーご機嫌
おかげで、大漁ードッサリコ
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
静かな海に、ポポロの声が、広がっていきました。
生徒達も、ポポロのゆっくりとした、優しい歌を聞いて、やっと、心が落ち着いたようでした。
「先生、なんか、変な歌」
エリザベスが、笑いながら言いました
「そうかなあ、でもこの歌は、先生が子供の頃に、海でよく歌ってた、大好きな歌なんだよ。みんなは信じないだろうが、先生には、クジラの友達がいて、クジラと遊ぶ時、海で歌ったんだ」
「クジラの友達？」
ナンシーが、少し驚いたように聞きました。
「うん、先生には、クジラの友達がいたんだよ」
「僕も、海で何度かクジラを見たけど、先生の友達って、あの大きな本物のクジラなの？」
ジムは、クジラと言っても、大きさがいろいろあるので、きっと小さなクジラだと思って聞きました。
「そう、ザトウクジラのチチって言うんだ」
「えー、本当、信じられない」
ジムは、ザトウクジラの大きさを知っているので驚きました。
「本当だよ」
ポポロはクジラの事を、妹以外に話すのは初めてでした。
それは二人だけの、大切な思い出として、誰にも言わずに、秘密にしてきたからでした。
「そうだな・・・・みんなも、聞いたことがあるかもしれないけれど、クジラには、言葉があるんだ」
「言葉、言葉って、先生は、言葉が分かったの？」
トムが楽しそうに言いました。
「うん、分かったんだ」
「言葉が分かるって、じゃあ、先生は、クジラと話せたの？」
ラリーも、ポポロの話に、目をかがやかせて聞いてきました。
「このことは、まだ誰にも言ったことはないんだけれど。先生は、少し、クジラと話が出来るんだ」
ポポロは、子供の頃に友達になった、ザトウクジラの、チチとの出会いを話し始めました。
生徒達は、星空の下、ポポロの話を夢中になって聞きました。
しかし、夜も更けてくると、生徒達は眠くなったせいか、あくびをしたり、目をこすり始めました。
ポポロはまた歌を歌い始めた。
それは、生徒達が寝てしまうと、大波が突然きた時、しっかりつかまっていなければ、いくらロープで縛っていても、海に投げ出されるかもしれないからです。
「みんなも、先生と歌ってごらん」
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
海のー神様、今日はーご機嫌
生徒達も眠いのを我慢して、目をこすりながら、歌い始めました。
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
静かな海原に歌声が広がっていきました。
「うん・・・・？」
ポポロは生き物の気配を感じ、歌をやめました。
「先生、どうしたの？」
トムが、ポポロに聞きました。
突然、歌を止めたので、他の生徒達も不安そうに、ポポロを見ています。
「静かに・・・・・何かいる・・・・」
ポポロは、暗い水面を、静かに見つめました。
「・・・・・・・・・・・・・」
数十メートル離れた暗い海面に、大きな黒いかたまりが、月の光に照らされて、動いているのが、ぼんやりと見えます。
そして、その黒いかたまりは、海に沈んだらしく、視界から消え・・・・
しばらくすると・・・・・
目の前に、
大きな、クジラの黒い頭が、ゆっくりと、静かに浮かんできました。
大きな目が、ポポロを、じっと見つめています。
生徒達は、目の前に浮かぶ巨大な頭を見て、あまりにも驚いて、声を出すこともなく、口をぽかんと開け、クジラを見つめています。
ポポロも少し驚きましたが、この優しい目には見覚えがありました。
（チチ、チチ？）
ポポロは、チチと、もう二十年近く会っていません。
しかし、よく見ると、昔よりずいぶん大きくなっていましたが、チチに間違いないようです。
ポポロは子供の頃を思い出し、クジラの言葉で話しかけてみました。
「チチ、キューキュートトト」
「・・・・・・・・・・・・・・」
返事が無いので、もう一度試しました。
「チチ、キューキュートトト」
すると、今度は返事がありました。
キューキュートトト
昔より、声は少し低くなっていますが、やはりチチでした。
チチは返事をすると、大きな頭を静かに海の中に沈めていきました。
偶然近くにいたチチが、ポポロ達の歌を聞きつけてここへ、やって来たのでした。
（チチだ！やっぱりチチだ。チチが歌を聞いて来てくれたんだ）
クジラと話しているポポロを見ていた生徒達は、クジラが海の中に入ったので、少し安心し、たがいに顔を見合わして、長い息をひとつはき出しました。
「フゥー、びっくりした。先生、このクジラが、先生の言っていたクジラの友達なのの？」
トムが少し興奮したように、聞きました。
ポポロは、ニッコリと笑い、うなずきました。
「みんな。もう、分かるだろうけど、先生が言っていた、友達のクジラと言うのは、このザトウクジラの、チチのことなんだよ」
チチが、また大きな頭を海面に出し、ポポロと生徒達を、やさしく見つめています。
「せ、せ、先生すごい。本当だったんだ。でも、僕、こんな大きなザトウクジラを近くで見るのは、初めてだ」
ジムも、目をキョロキョロと、落ちつきなく動かしながら、興奮して言っています。
「先生。こわくないの？」
エリザベスが、心配そうに聞きました。
「心配しなくていいよ。チチは、やさしいクジラだから」
ポポロは、大きなクジラのあつかいには慣れていますが、何も知らない子供が近づくと、やはり危険です。
それに、暗がりの中でも、チチはどうみても二十メートル近くある、とても大きなザトウクジラに育っていました。
ポポロは、出来ることなら、すぐにでも海に飛び込み、チチと触れ合い、再会を喜びあいたいと思いました。
しかし、今は生徒達の安全を、一番に考えなくてはいけません。
ポポロは、大きなこのチチの体なら、ボートを、陸まで引っ張って行ける力が、じゅうぶんあると考えました。
ポポロは、チチに頼んで、助けてもらうことにしました。
「みんな、聞いてくれ。先生はチチに、港までボートを引っ張ってもらおう思うんだ。だから、先生は、今から海に入って、チチに頼んでみるつもりだ。だから、トム」
「はい、先生」
「少しの間だが、先生は海に潜って、チチと話をしてくるから、みんなのことを頼んだぞ」
「はい、先生。まかせてください」
トムはうなずきながら、元気な声で、はっきりと答えました。
「じゃあ、先生は、海に入るから、みんな、しっかり手すりにつかまって、待っていてくれよ」
ポポロは、上着を脱いでトムにあずけると、海の中に入っていきました。
ポポロが海に入ったのは、クジラの声は、海のほうがよく聞こえるからでした。
その夜は、月の光が明るかったので、海の中でもチチの姿がよく見えました。
海に入ると、大きくなったチチがすぐに近づいてきて、頭をゆっくり振り、挨拶を始めました。
キューキュートトト
ポポロも嬉しくて、体を大きく振って挨拶を返します。
キューキュートトト
ポポロは、大きなチチの頭を小さな手で優しく撫でました。そして、覚えている少ない言葉の中から選んだ言葉をつなぎ合わせ、チチに話し始めました。
「小さな人間、友達、陸へ行く」
ウイーウイートトト、チチ、キキ、トトト
ポポロが何度も繰り返していると、チチはやっと分かったようで、同じ言葉を返してきました。
ウイーウイートトト、チチ、キキ、トトト
ポポロは、海から上がり、ボートで待っている生徒達の所へ戻りました。
「みんな、よく聞いてくれ。チチは、先生の言ったことが、どうにか分かってくれたようなんだ。先生は、港まで行く方向を、チチが間違わないように、また海に入る。だから、港に近づくまで、ボートはお前達だけになるけれど、何かあれば、先生はすぐに戻ってくるから、もう少しの間、頑張るんだぞ」
「先生。ボートは、僕にまかして。みんなで、しっかりつかまっているから」
トムは、手を強く握ってこぶしを作り、それを小さく振りながら、答えました。
ポポロは、生徒達全員と、手と手を合わせました。
「じゃあ、先生は、行ってくるよ」
ポポロはボートに残っていた、一番長いロープを取り出し、船首に結びました。
そして、チチに引っ張ってもらうために、ロープの先に大きな輪をつくり、それを持って海に飛び込みました。
ポポロは、海に潜り、輪になったロープを、うまくチチの頭に通しました。
ポポロは、チチの大きな背中に上がり、またがりました。
「チチ、頼んだよ」
ポポロは、人間の言葉でそう言い、両手を使って、チチの体を撫でました。
そして、今度はクジラの言葉で、
チチ、トトト
と、言いました。
チチの大きな尾びれが、力強く水をかくと、ゆるんでいたロープが、ピンと張り、ボートがゆっくりと動き始めました。
ボートの周りには、チチの仲間達が数頭集まって、並んで泳いでいます。
チチの大きな尾びれが、水をかくたびに、暗い海の中で、夜光虫が、キラキラと美しく光って見えます。
そして、ポポロの体も、尾びれの動きに合わせて、ゆっくりと上下にゆれます。
ここちよい風が、ポポロの顔にあたり、通り過ぎて行きます。
ポポロの心は、楽しかった子供の頃の自分に、かえっていました。
ボートは、クジラに引かれ、夜の海を、静かにゆっくりと、港を目指して進んで行きました。
港へ着くまで、ポポロは、何度も海の中に入って、うまく港に着けるように、チチの泳ぐ方向を変えました。
海の中にポポロが入ると、そのたびに、チチはすぐに遊ぼうとしましたが、無事に港に着くまでは、それは出来ません。
遠くに見えていた町の灯りが、どんどん近づいてきます。
そして、暗い空に輝いていた星も、少しずつ見えなくなり、東の方から、空が白々と明るくなってきました。
明るくなり、周りがよく見えてくると、長い時間ロープを引っ張ったせいで、チチの頭の皮がロープとこすれて剥がれ、少し傷になっているの分かりました。
チチ、ギュー、トトト？
ポポロは、チチに、痛いかと、聞きました。
ギューギュー、トトト
チチは、痛くないと、答えました。
クジラ達は、仲間を大切にする動物です。
少しぐらいの痛みは、仲間の為なら我慢をします。
ポポロの仲間は、チチの仲間なのです。
チチは頑張って船を引き続けました。
遠くぼんやりと見えていた、港に並んでいる船が、はっきりと見えてきました。
カモメが一羽飛んできて、チチの頭にとまり、あわててまた飛んで行きました。
ここから先は人間の、なわばりです。
野生の動物が、これ以上港に近づくと、チチが人間に攻撃されるかもしれません。
チチ、キュートトト
ポポロの声で、チチは泳ぐのをやめました。
ポポロは海に潜り、ロープを外しました。
頭の後ろには、ロープの食い込んだ跡が、残っていました。
ポポロは、その傷を見て、とてもかわいそうに思い、涙があふれてきました。
チチが、大きな目で、ポポロを優しく見つめています。
ポポロも、にっこり笑い、チチの目を見ました。
「ごめんね、チチ。ありがとう、チチ」
ポポロは、心からチチに感謝しました。
それから、ここまで来ればもう安全なので、少しの間だけ、ポポロはチチと海の中で遊ぶことにしました。
キューキュートトト
ポポロが海の中で挨拶の声を出すと、チチの仲間が近寄って来ました。
クジラの群は六頭で、その中で飛び抜けてチチが大きく、群のボスのようです。
クジラの言葉を話す人間を、他のクジラ達が取り囲んで、少し頭を振りながら楽しそうに見ています。
ウイーウイー、タタタタ
「遊ぼう」
その声を聞き、チチは嬉しくなり、体をくるりと回転し、お腹を空に向け、大きな胸びれを拍手するようにたたきました。
そして、片方の胸びれを、ポポロにつかませると、海の中に潜っていきました。
海の中では、仲間のクジラがチチの横を一緒に泳いでついてきました。
ポポロとチチは子供の頃に戻ったように、遊びました。
青空にお日様がのぼり、辺りがもうすっかり明るくなりました。
「先生！遠くから船が近づいて来るよ」
子供達の呼ぶ声が聞こえてきました。
ポポロは、チチにまたがり、子供達に近づいて行きました。
子供達は、近づいてくる大きなクジラの迫力に、また言葉を失っています。
ポポロは、子供達のボートに戻りました。
そして、数百メートル先に、近づいてくる漁船を確認しました。
「みんな、もう、大丈夫だよ」
チチにも船が近づいて来ていることは、分かっていました。
チチは人間の船に、群を近づけることはよくないことを知っています。
別れの時がきたようです。
ポポロは、海に飛び込み、さようならの挨拶をしました。
チチ、キューキュートトト
すると、チチは別れの挨拶に、海の中から勢いよく飛び出し、両方の胸びれを空中で広げた、素晴らしいジャンプをしました。
ドドドドド、ザブン！
チチの仲間達も、いっせいに海の中から、いきよいよく飛び出しました。
ドドドドド、ザブン！ザブン！ザブン！
チチ達は、ジャンプを繰り返しながら遠く沖の海へ、離れて行きました。
「ありがとう、チチ」
「ありがとう、クジラさん」
ポポロと生徒達は、壊れたボートから、チチを見送りました。
ポポロと生徒達は、助けに来てくれた漁船船に無事救助されました。
ポポロは、チチと再会した日から、子供のころのように、よく独りで海に出るようになりました。
うわさでは、きっと、ザトウクジラのチチに会っているのだろうと、言われていますが、それはどうだか、誰も知りません。
ただ、ある漁師が、静かな夜の海で、不思議な歌声を聞いたそうです。
その歌声は・・・・
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
海のー神様，今日はーご機嫌
おかげで、大漁ードッサリコ
ハイヤーハイ、ハイヤーハイ
キューキューキュー
キューキューキュー
おわり