作　吉藤　まさき Yoshifuji masaki

森の大杉

東の山から、明るいお日様が、ゆっくりとのぼってきました。
静かだった森が、鳥たちのあいさつで、にぎやかになりました。
あたたかいお日様の光は、森の中で一番背の高い大杉に、だれよりも早くあたり、一日の始まりを知らせました。
大杉には、人間のように、目も鼻もありませんが、小鳥の声も聞こえるし、お日様の光のあたたかさは、ちゃんとわかっていました。　　　　　　　
お日様が、大杉のま上にあがったころ、木こりのゴンじいさんが、森の見まわりにやってきました。
「やあ、今日も元気かな」
ゴンじいさんは、大杉をやさしくなでながら、話しかけました。
「はい。元気です」
大杉は、おじいさんの手のぬくもりを感じながら、人間には聞こえない声で、そう答えました。
今日は、まごのなつきちゃんもいっしょです。 なつきちゃんは、大杉を見上げて、口をポカンとあけていました。
「おじいちゃん。この木、すごく大きいね」
「そうだな。この大杉は、わしがなつきぐらいのとしのころから、もうここに立っていたからなあ」
「へえー。木って、すごく長生きなんだね」
「ん、そうじゃ。じゃがな、森の木は、ちゃんと手入れをせんと、こんなに立派な木には育たないんじゃぞ」
ゴンじいさんは、そう言うと、大杉のまわりの草を刈ったり、からまつたつるを切り取りました。
「なつき。もう、帰るぞ」
「はーい。それじゃあ、大杉さんまたね」
なつきちゃんは、おじいさんと同じように、大杉をやさしくなでると、山をおりて行きました。

　　　　　　　　　　　

大杉は、ゴンじいさんのお父さんや、おじいさんに大切に育てられ、森で一番の大きな杉に育ったのでした。
大杉は、やさしいゴンじいさんや、なつきちゃん、そして、森の仲間たちが大好きでした。
大杉は、立ったままで、動物のように動けませんが、森の仲間たちの様子を見ているだけで、とても幸せでした。
森の一年は、楽しいことでいっぱいです。

春の森は、みんな元気です。
動物たちは、ポカポカお日様がうれしくて、森じゅうをとびはねています。
小鳥たちは、朝から夜までおしゃべりをしています。
木や花たちも、花をつけてじまんしあったり、うーんと背伸びをして、大きくなっていきます。

夏の森は、お昼寝です。
木や草たちの大好きなお日様の光が、たっぷりあたり、サラサラとした風にふかれながら、みんな、気持ちよさそうに、うとうとと居眠りをしています。
動物たちも、食べ物がたっぷりあるので、のんびりと、居眠りをしているようです。

秋の森は、大いそがしです。
木や草たちは、たくさんの実を付けたり、緑の葉っぱの服を、紅や黄色に変えたり、たいへんです。
動物たちも、冬にそなえて、たっぷりと食べ物を食べたり、木の実を穴ぐらに集めたり、大いそがしです。

冬の森は、思い出です。森のまわりは、雪でまっ白になります。
動物たちや小鳥の声もほとんど聞こえなくなり、静かな森の中を、冷たい風の通り抜ける音が、聞こえてくるだけです。
森の仲間たちは、楽しい時を思い出し、春がくるのを待つのです。
大杉は、こうして長い間、森の仲間たちを見守りながら、育ってきたのでした。

そんなある日のことでした。 北風がふきはじめ、紅いかえでの葉っぱが、青空にとばされていました。
大杉のまわりに、たくさんの人間たちが集まっていました。
その中には、大杉の大好きなゴンじいさんもいます。

「こんなに大きく育ってくれて、ありがとうな」
ゴンじいさんは、大杉をやさしくなでながら、言いました。
大杉は、知らない人間たちにかこまれて、少し驚いていましたが、おじいさんの声で安心しました。
「ゴンじいさん。この大杉なら、きっと、いいねだんで、買ってくれますよ」
人間たちが言っています。
「わしも、そう思うよ。じゃあ、始めるかな」
ゴンじいさんは、そう言うと、大きなノコギリを取り出して、仲間の人間たちと、大杉を切り始めました。
「いたい！いたいです、おじいさん。何をするの。どうして、ぼくをいじめるの」
大杉は、どうしてやさしいおじいさんが、こんなことをするのか、さっぱりわかりませんでした。
「やめてくださいおじいさん。ほんとうにいたいです。どうか、おねがいです、やめてください」
大杉は、人間には聞こえない声で、何度も大声でさけびました。
その声は、森じゅうにひびきわたり動物たちはこわくなって、かくれました。
大杉がいくらさけんでも、おじいさんの手は止まることなく、切り続けました。
大杉は、もう、立っていられなくなりました。
そして、ゆっくりとかたむき、大きな音をたてて切り倒されました。
大杉は、切り倒されながら思いました。
「やさしいおじいさんが、ぼくをいじめるはずないんだ。だから、これには、きっと大事な理由があるんだ。ぼくは、おじいさんのためなら、よろこんで死んでいくよ、おじいさん、ぼくを大切に育ててくれて、ほんとうにありがとう。さようなら」

ゴンじいさんは、木を大きく育てて、それを売るのが仕事です。
木を売ったお金で、おじいさんは、米や服を買わなければ、生きていけません。
切り倒された大杉は、運びやすいように、小さく切り分けられ、森から運び出されました。
大杉は、それから木材屋に売られ、家の柱になったり、板になり、人間のやくにたつ材木になりました。

大杉が切り倒された、次の春のことでした。
ひばりたちが、青空の中でにぎやかにおしゃべりをしています。
大杉の切り倒された所へ、なつきちゃんとゴンじいさんがやって来ていました。
なつきちゃんが、小さな穴を掘って、かわいらしい杉の木を植えています。
「この杉は、なつきが大切に育てるんだぞ」
「うん。きっと、あの大杉のように、大きく育てるよ」
なつきちゃんは、持ってきた水筒の水を、小さな杉の木に、たっぷりとかけてやりました。
小さな杉の木は、人間には聞こえない声で、そっと言いました。
「なつきちゃん。水をかけてくれてありがとう」
そして、小さな杉の木も、森の新しい仲間になりました。 　

　　　　　　　　　　　　　　　 おわり

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