クジラ物語

ENVIRONMENTALWhale Story
LOVE NATURE　環境童話　ザトウクジラと人間の一夜の話
ある夜、小さなヨットに乗った主人公が、貨物船に衝突され沈没する。
板切れにつかまり、海をただよっていると、不思議な声が聞こえて来る。
それはザトウクジラの声で、しかも人間の言葉だった。
ザトウクジラは、主人公を助けるために、板切れをロープで引っ張る。
ザトウクジラは、自分達の生きてきた物語を話し始める。
どうして人間の言葉が話せるのか。
クジラと人間の長い夜の話です。
英語の後に本編があります。続いてお読み下さい。

We will raise the child who loves nature.

Humpback Whale Story　 Yoshifuji Masaki

619-457 kamisenochou akiku　Hiroshima Japan

　　　　The promis of the whale The outline
The pier at the midnight.
Tomorrow,the man of the old person sails with the small sailboat.
The humpback whale and it is tens of years before because it promised.
The man likes the sea and it leads to the sea by the singleness in holiday.
The man sailed alone tens of years before to the Pacific Ocean with the small sailboat.
The midnight,the big sound and the impact.
A sailboat collided with the big ship and was overwhelmed.
The man rides a big piece of board and drifts.
The beam in the hot sun, the weakening man.
Suddenly,the black shadow appears under the leg.
The black shadow appears on the sea.
The head of the big humpback whale.
"Human being----"The humpbake whale chatters in the word to be poor at.
The surprised man.
It says that the humpback whale helps a man.
It says that it pulls a humpback whale with the rope to the land and that it goes.
"Why did it help me?"and the man ask.
The whale answers, saying "the help because your heart is kind".
"Finding a heart why?"and the man hear.
The whale said,saying"the speaking in the heart from now of understanding a heart of
understanding a word,too,I.,too"
"Why is such a thing made?"and the man ask.
The whale answered,saying"its answer from behind".
The man is tired and has weakened.
The humpback whale can be encouraged.
"It dose the story frome now of talking about the past of the we family to the pal"with.
"good relations.to you the whale" Then, the tale of the whale starts.
The name of whale is Giriri.
The encounter of the father and the mother of the whale.
The song of the propsal of the father.
The father is high for the mother and jumps.
The group of the whale which migrates in Alaska from equator.
The group of the coursing whale.
The long travel to Alaska.
The group of the humpback whale which gathers near Alaska.
The conversation of the group and group of the humpback whale.
The legend which the leader of humpback whale tells.
The long song of the leader of the humpback whale.
There is a story of human being of the ship on the sea in the song with the human being
of the sky ship.
The big star which shines from the past,the sky fell to the sea.
It was possible to have heard voice from the big star.
A sky human being was embarked to the big star.
The sky human being asks,saying the carrying by him near the land.
The whale pushes a big star near the land and go.
The time where the ship which helps the sky human being comes.
The whales which play relation well with the sky human being.
In case of farewell with the sky human being.
It says that the humpback whale helps an sky human being when troubled.
The human being of the ship on the sea is a terrestrial.
It is better not to approach because the human being on the sea is wanton.
The human being on the sea has the time to be kind and the time to attack.
While the humpback whale is moving the Pacific Ocean, Giriri born.
The delightful life with the pals of the whale.
Giriri was born and it passed fo several years.
The suddenly big sound.
The voice of the mother whale.
The harpoon sticks in the mother whale.
The whales run away.
The mother whale can not run away.
The pal tries to help a mother whale.
The dad of the whale tries to put everything into the ship.
The mother whale pulls a whaler to set pal free.
The mother whale has died.
A mother whale is drawn up by the ship.
Giriri is seeing it from the distace.
It grieves for Giriri.
Some night.
Giriri sings a song for the sky.
"It wants to meet a mother"Then,the small star approached.
The small star occurred to the immediateness of being and becoming and stopped.
It is possible to hear the voice of mother from the star.
"mother?"It says that the sky human being is not a mother.
The sky human being does the story of the life.
The sky human being proposes to decrease a human being in the earth.
It refuses Giriri, saying the importance of any life.
The sky human being gives the word of the humana being and the ability to understand
consideration to Giriri.
Giriri gets the word of human being and the ability to understand consideration.
Some day, Girir meet a man on the sea.
The heart of the man was a very kind heart.
Giriri decides to help a man.
Giriri talked for the first time with the fuman being.
The man was happy feelings which were very relieved when kept by Giriri.
It had never experienced the feelings so far.
The man arrived near the island safely.
It made Giriri a man, it concealed and it asked this happening with that it is possible to reel.
For the safety of the whale,it is consequential.
In case of farewell, Giriri is high for the man and jumps.
Now,the man became an old person.
It became impossible for many year of men to live.
It hoped that the man wanted to write a whale and him before dying.
The man sails to the sea with the purpose to meet Giriri.
It things that the man will do a story about the promise.
The man thinks that it wants to hear the tale of whale if he is possible.

自然を愛する子供を育てよう。HOME戻る

　　クジラ物語

　　　　　　　　　　吉藤　まさき

　小さなヨットのデッキから、夜空を見上げると、丸い月が白くかがやいて、港を明るく照らし出しています。

　桟橋に並んだ船が、波にゆられるたびに、ギーギーと、小さな音をたてています。

　明日、私は独りで、このヨットにのり、友だちのクジラを見つけるために、太平洋へ出て行こうと思っています。

　ヨットは、小さいですが、がんじょうに作られているので、太平洋に出てもだいじょうぶです。

　食料もたくさん積み込んだので、長い航海でも問題ありません。　

　天気も、明日は良さそうです。

　しかし、私の家族は、太平洋を独りで航海するのは、危ないから行かないようにと言って、私をとめます。

　その理由は、分かっています。

　それは、私が八十才になる、おじいさんだからです。

　でも、私には、どうしても独りで行かなくてはいけない理由があるのです。

　それは、三十年前に、ザトウクジラのギリリと約束をしたからです。

　クジラと約束したなどと言うと、話もできない動物とそんなことがあるはずない、と思うでしょうが、そのクジラは、人間の言葉を話すことができたのです。

　そして、そのクジラに、私は命を助けてもらったのです。

　だから、その約束を守るために、独りで、行かなくてはならないのです。

　年老いた私に、残った時間は、あまり多くはありません。

　この航海が、きっと最後になるでしょう。

　私は、今から船室におりて、夜が明けるまで、クジラとの出会いを思い出しながら、クジラの物語として、書き残そうと思っています。

　これから、書くのは、クジラと出会い、そして分かれた、たった二日間の本当の話ですす。

　しかし、クジラとの約束で、これは、私が自分で考えて作った物語として、書き残しておきたいと思っています。

　すべてのことは、ギリリと出会う前の日から始まりました。

　その日、私は５日間の休暇をとり、独りで小さな木造ヨットに乗って、太平洋の海原に出ていました。

　小さなヨットでしたが、ベットとコンロがあり、数週間は外洋で快適な海の時間を楽しむことが出来ました。

　日頃の忙しい生活を忘れ、私はヨットの帆をあやつり、島影の見えなくなるほど、船を遠く沖合いまで進めて行きました。

　沖合いでは、魚を数匹釣り、それを夕食のおかずにして、ワインを飲みました。

　食事の後、波に揺られながら星空を見ていると、自然のゆりかごに揺られているようで、とても安らいだ気持ちになりました。

　夜も更け、少しお酒に酔ったのか、そのまま眠りそうになりました。

　陸上ならそのまま寝れば良いのですが、夜の海を見張りもなく独りで寝る時は、安全のため、ヨットの帆を小さな帆に変え速度を下げ、大きな航海灯を点灯しなければいけません。

　私は眠いのをがまんし、急いで船の準備を終わらせると、小さな船室のベットにもぐり込み、眠りにつきました

　その夜の深夜のことです。

　ドン！バリバリバリ！

　私は大きな音で目を覚ましました。

　それは、乗っていたヨットが、真っ二つに砕かれた音でした。

　ヨットは一瞬の内に沈没し、私は食料も水も持たず、海に投げ出されました。

　大きな黒い壁の様な貨物船が、目の前を、何もなかったように、静かに通り過ぎて行きました。

　私は暗闇の中で、海に浮いていた板きれにしがみつき、貨物船が戻って来ると思い待ち続けました。

　しかし、大きな貨物船は衝突した事に気付かなかったのか、いくら待っても戻っては来ませんでした。　

　私は不安な気持ちで、長い夜を過ごしました。

　東の空が少しずつ、明るくなり始め、周りの風景が見えるようになってきました。

　私はどこかに島影が見えないかと、海原を見渡しました。

　しかし、青い海は、どこまでも静かに水平線まで広がり、島影はどこにも見あたりませんでした。

　雲ひとつない青い空に、ギラギラとした真夏の太陽が登り始めると、強い日射しが、体の水分をどんどん奪っていきました。

　「おーい！誰かたすけてくれ！」

　喉が乾き、私は思わず大海原に向かって叫んでいました。

　「・・・・・・・・・」

　大海原でいくら叫んだところで、人の返事があるはずもなく、私は両手で頭をかかえ、大きなため息をつきました。

　「もお、だめだ・・・・」

　強い日差しの照り返しに、私はたまらず目を閉ざしました。

　そして、目を閉じていると、そのままいつの間にか眠ってしまいました。

　ザバン！

　海を強く叩く音と、水しぶきで私は目を覚ましました。

　「どうした。何があった？」

　目を覚ました私は、一瞬ここがどこか分からず、周りを見渡しました。

　「そうか、ここは海か」

　その時、海の中に浸かっている足に何かが触れました。

　私は驚き、足下を見ました。

　黒い巨大な影がゆっくりと動いています。

　サメかと思いましたが、どう見てもサメにしては大きすぎます。

　すると、その巨大な黒い影が海の中から海面に姿を現しました。

　それは、ザトウクジラ大きな頭でした。

　ザトウクジラの大きな目が、優しく私を見ているようにみえました。

　私は巨大なクジラを目の前にして、少し驚きましたが、その優しそうな目のせいか、なぜか怖くはありませんでした。　

　「な、な、何だ。何でザトウクジラがここへ？」

　私はなぜここへザトウクジラが来たのか、そして、目の前でこちらを見ているのか、まったく分からず、呆然とクジラを見つめていました。

　すると、もっと驚くことが起きたのです。

　ニーィンーゲェーンー

　ザトウクジラから、まるで言葉のような低い声が聞こえた来たのです。

　「に、ん、げ、ん。まさか、人間と言ったのか？」

　「に、ん、げ、ん。ぼーく、ギリリ」

　「え！何。喋ってるのか」

　私はまだ眠りの中なのかと、目を閉じ、頭を振り動かし、手のひらで顔を数回叩いて、目を開けてみました。

　夢ではありませんでした。海の中から出た、大きなザトウクジラの頭が目の前にありました。

　「ギリリ？ギリリと言ったのかい」

　「ぼーくはギリリ。たすけにきたよ」

　ザトウクジラは、大きな頭を少し頷くように動かしながら低い声で話しました。

　私はそれを見て、本当にこのザトウクジラが話しているのだと分かりました。

　「君は、僕を助けに来てくれたのかい？」

　「ギリリ、あなたが、たすけてくれといつたのをきいて、ここへきたよ」

　「どうやって、僕を助けるの？」

　「ギリリ、あなたを、りくまでつれていくよ」

　「陸まで・・・陸までと言っても、いったいどれくらい離れているんだい？」

　「よるを、ひとつすぎると、りくにつくよ」　夜を一つというと、少なくとも後１日はこのまま飲まず食わずで過ごさなければいけません。私は空腹はがまん出来ても、この暑さの中で水無しでがまんする自信はありませんでした。

　「有り難う。でも人間は、君たちと違って水を飲まないと生きられないんだ。僕はもう、水無しではそう長くは生きてはいけないんだ」

　「ギリリ、りくにつくまでに、そらから、みずのふるところ、とおるよ」

　「水というと、雨のことか、雨が降るなら、１日くらいは大丈夫だ。ギリリ、じゃあ、僕を陸へ連れて行ってくれるかい」

　「ギリリ、わかつたよ」

　ギリリは、そう言うと、片方の大きな胸びれを海面に持ち上げました。

　胸びれの先には、長いロープが引っかかっていました。

　「あなた、これを、いたきれにつける」

　私はロープを胸びれから外すと、乗っている板にしっかりと結びつけました。

　そして、ロープの端に大きな輪を作り、それをギリリの胸びれを差し込みました。

　ギリリが胸びれを、少し持ち上げると、ロープは付け根にしっかりと引っかかりました。

　「ギリリ、ひっぱるよ」

　「有り難う、ギリリ」

　ギリリは、海の中に大きな体をゆっくりと沈めると、静かに泳ぎ始めました。

　結んでいたゆるんだロープが、真っ直ぐになり、板きれが動き始めました。

　大きなザトウクジラにしてみれば、ゆっくり泳いでいるようしでしたが、人間にしてみれば全速で泳ぐような速度なので、油断していた私は、板きれから振り落とされそうになりました。

　（おっと。危ない危ない）

　私はそう心の中でつぶやきました。

　すると、それが分かったのか、ギリリは泳ぐのを止めました。

　（大丈夫ですか、しっかり捕まっていてくださいね）

　「うん？、今のはギリリが喋ったのかい」

　ギリリは海の中に入っているので、話せるる筈はないのですが、声が聞こえた様な気がしました。しかも、その声は、今までの様に、低い声ではなく、はっきりとした声で伝わって来ました。

　（はい、僕は、言葉だけでなく、直接あなたの心に話しかけることも出来るんです）

　「へーえ、すごいんだね。じゃあ、反対に私の考えている事も分かるのかい？」

　（はい、分かります。あなたは良い心の人間です。もし、あなたが悪い心の人間だったら、助けなかったかも知れません）

、ギリリは、私の心を理解し、良い心の人間と判断してくれたようでした。

　「良い心の人間か・・・本当に嬉しいよ。まさか、クジラの君に言われるとは思わなかったよ」

　私は板きれから離れないように、ロープの端を体に巻き付けました。

　「ギリリ、もう大丈夫だから行っていいよ」

　（はい）

　ギリリは陸に向かい、再び大海原を泳ぎ始めました。　

　照りつけていた太陽が沈み、夜空に星が輝き始めると、疲れた体を優しく包むように、心地よい風が吹き始めました。

　しかし、ギリリの言っていた雨は、いつ降ってくるのか分かりませんでした。

　私は喉が乾き、水のことばかり考えるようになり、心配でたまらなくなりました。

　そんな私の心が伝わり、ギリリは泳ぐのを止めると、すぐそばまで近づいて来ました。

　そして、私の心に落ち着き取り戻そうと大きな目で見つながら話し掛けてきました。

　（水は心配ありません。夜が終わる頃に雨は必ず降ります）

　「それじゃあ。明日の朝ってことか・・・」

　朝までなら、何とか体力が持つ自信はありましたが、しかし、それは朝までの苦しい時間との戦いになるということでした。　　

　（それより、僕たちクジラには、親しい友達になると、お互いに自分達の先祖や生い立ちを歌にして話す習慣があるんです。よければ僕の話を聞いてもらえませんか）

　「歌なのかい？」

　（僕の物語ですよ。友達として僕や親達の生きてきた物語を聞いて欲しいいのですが、いいですか？）

　「ああ、もちろん喜んで聞かせてもらうよ。今夜は、きっと長い夜になると思うからね」

　ギリリは、頭を静かに海の中に沈めると、私を引っ張り始めました。

　私達はいつの間にか夜光虫の群の中に入ったようでした。動くたびに美しく光るその神秘的な輝きは、ギリリの優しい心と共に私の心をいやしてくれました。

　満天の星空の下で、ギリリは自分の家族の歴史を話し始めました。

　これから書くのは、その夜、ギリリが私に話してくれた、お父さんのタンタとお母さんのウイウイの出会いから始まる、クジラの物語です。

　静かな海に、丸い月の光が写っています。　空には、宝石のような星が光っています。　ここは暖かい南の海です。

　そんな静かな海の中から、不思議な声が聞こえて来ました。

　キューキュー、ウイウイ、トトトトト

　それは、タンタの歌声でした。

　「空に浮かぶ月よりも、どんな星よりも美しいウイウイ、どうか僕のお嫁さんになって下さい」

　タンタは海の中をゆっくり泳ぎながら、横に並んで泳いでいるウイウイに、愛の歌を歌っていたのです。

　ウイウイは、歌を聞くために、泳ぐのを止めました。

　タンタも泳ぐのを止め、歌い続けました。

　「この大海原に生きる、全てのザトウクジラの中で、ただ一つの僕の星がウイウイです。僕は君を何よりも大切にします。どうか僕のお嫁さんになって下さい」

　ウイウイは、タンタの歌で幸せな気持ちになりました。

　「タンタ、有り難う。とても素敵な歌だわ」

　「ウイウイ、見てて、今度は君のために大きなジャンプをするよ」

　タンタは少し深く潜ると、力一杯尾びれを振って、海の中から空中へ飛び出しました。　そして、胸びれを広げ、大きな水しぶきをあげて海に戻りました。

　ドドドドーン

　「素敵なジャンプだわ」

　「ウイウイ。もう一度ジャンプするよ」

　タンタはウイウイのために、何度も力強い大きなジャンプをしました。　

　ウイウイは、タンタの力強い大きなジャンプを見て、頼もしく思いました。

　そして、タンタなら、きっと私を大切に守ってくれると思いました。

　ウイウイは決心しました。

　「タンタ、私はあなたと結婚します」

　「有り難うウイウイ」　

　タンタとウイウイは、とても仲の良い夫婦になりました。

　タンタ達の群には、五匹の仲間がいました。

　タンタは群で一番大きな、牡のリーダーです。

　他には、お嫁さんのウイウイ、小さな雌の子供のキュウキュウ。そして、若い牡のキキと、チチチと、ククです。

　ある日のこと、タンタは、潮の流れや、太陽の高さで、北へ向かう春の季節を感じました。

　群の移動を決めるのは、リーダーの大切な仕事です。

　「みんな、いいかい。北へ向かうよ」

　群はタンタのかけ声に従って、餌の沢山ある北の海へ向かう、長い旅を始めました。　

　　北の海に近づくいてくると、餌になる小魚の群が増えてきました。

　「タンタ。大きなニシンの群がいるよ」

　群から少し離れて泳いでいた、牡の中で一番小さなククが、嬉しそうに言いました。

　「ほんとだ、これはいい、みんなで狩りをしよう。それじゃあ、みんな、空気をいっぱい吸いに、海の上に行くぞ」

　「オー！」

　タンタ達は、海の上まで行き、空気をいっぱい吸い込むと、急いでニシンの群の下まで潜り込みました。

　「キキは、僕の向こう側で回ってくれ」

　タンタは、群で二番目に大きなキキに言いました。

　「よし、引き受けた」

　タンタの後ろに、ウイウイとククが泳ぎ、キキの後ろには、チチチとキュウキュウが泳ぎ始めました。

　そして、六匹はニシンの群の周りを泡を吐き出しながら、円を描くように回り始めました。

　タンタ達の出した泡は、まるで泡のカーテンがニシンを丸く取り囲むように、海の中で広がっていきました。

　ニシンの群は、逃げる場所がなくなり、泡の輪の中に集まりました。

　「そーれ、行くぞ」

　タンタの声に合わせ、六匹は、ニシンの群の下から、口をいっぱいに開いて、泳いでいる群を目がけて、猛烈なスピードで上がって行きました。

　そして、、口の中に、いっぱいになったニシンを、一気に飲み込みました。

　狩りは成功し、みんな満腹になりました。

　ウイウイ、キキキ、タタタタ、

　海の中には、みんなの歓声が響いていました。

　春も終わる頃、群は餌の沢山ある北の海に近づいていました。

　タンタは頭を海の上に出し、周りの景色をゆっくりと見ました。

　見慣れた山が見えます。ここは、群が毎年夏に暮らすプリプリ湾の直ぐ近くでした。

　しかし、海に浮いてた白い氷が、浮いていません。それに、海の味が少し変わっていました。

　タンタは群のリーダーとして、みんなを餌の沢山ある所へ連れて行かなくてはいけません。

　「みんな、ここで待っていてくれ。僕は、これから行って、調べてくる」

　タンタは独りで、プリプリ湾に近づいて行きました。

　湾に入る前に、タンタは、ザトウクジラの仲間が、ここにいるのか、大きな声でたずねました。

　キキキ、キュキュ、トトトトト

　しかし、返事がなかなか返ってきません。

　キキキ、キュキュ、トトトトト

　何度もくり返していると、やっと返事が返ってきました。

　ウイウイ、キュキュ

　「大丈夫だよ。みんないるよ」

　「みんな、いたんだね。じゃあ、僕らも行くよ」

　タンタは仲間の返事を聞いて、安心しました。

　そして、群に戻ると、みんなを連れ、プリプリ湾に入って行きました。

　プリプリ湾には、クジラ達の大好きな、小さなエビや、ニシン、シシャモなどの餌が沢山いました。

　プリプリ湾は、夏の間、白夜といって夜になっても、太陽が沈みません。だから、タンタ達は、昼も夜もお腹いっぱい餌が食べられるので、お腹がふとってまん丸になりました。

　群の中でも一番お腹がふくらんでいたのはタンタのお嫁さんの、ウイウイです。それは、お腹の中に赤ちゃんがいたからでした。

　白夜も終わるころになると、夜空に輝く星の間を、美しいオーロラが走り抜けるようになります。

　タンタは星の下で、仲間達に長い歌を歌い始めました。

　それは、リーダーに受け継がれてきた、大切な生きる知恵の歌でした。

　その歌には、食べてはいけない物や、危険な動物の歌がありました。

　そして、その長い歌の中には、海に浮かぶ船の民と、空飛ぶ船に乗る民の歌が歌われいました。

　海に浮かぶ船の民とは、人間のことで、こう歌われていました。　

　人間はとても気まぐれで、優しく近づいて来て何もしない安全な時と、反対に突然船から銛を撃ち、自分達を殺そうとしたりする危険な時があります。

　だから、人間に近づく時には、気を付けなければいけません。

　タンタ達は、この人間を、プリプリ湾でも何度も見たことがありましが、歌の教えに従い、人間には近づかないようにしていました。

　しかし、しばらくすると、人間達のほうから、よく静かに小さな船で近づいて来るようになりました。そして、ときには、船から降り、海の中まで入ってきて一緒に泳いだりしました。

　自分達の周りを、楽しそうに泳いでいる人間を見ていると、タンタ達は、しだいに、人間は安全な民だと思うようになりました。

　空飛ぶ船に乗る民は、こう歌われていました。

　昔、空から大きな星が海の中へ墜ちてきました。

　星の中には、空の民がいました。

　空の民は、自分達と話が出来たので、こわれた空飛ぶ星の船を、陸の近くまで運んで下さいとたのみました。

　クジラの仲間は、みんなで力を合わせ、船を陸の近くまで運びました。

　空の民は、仲間が助けに来る間、クジラ達と仲良く遊び友達になりました。

　空飛ぶ民は、星に帰る時、何時までも友達でいることを約束しました。

　そして、星の船が空へ飛び立つと、クジラ達は、みんな一緒に大きなジャンプをして、お別れをしました。

　これが、空飛ぶ船の民の言い伝えの歌でした。しかし、タンタの群の中で、空飛ぶ船の民と、合ったものはいませんでした。

　プリプリ湾に、白い氷が浮かび始めました。

　タンタが、頭を海の上に出して見てみると、山には白い雪が少しつもっていました。　

　短い秋が終わろうとしているようでした。

　タンタ達が、暖かい南の海へ行く時が来たのです。

　「みんな、いいかい。南の海に向かうよ」

　群はタンタのかけ声に従って、暖かい南の海へ向かって泳ぎ始めました。

　南の海に近づいたころ、ウイウイのお腹が痛くなりました。

　赤ちゃんが産まれそうなのです。

　「タンタ、赤ちゃんが産まれそうよ」

　ウイウイは、群の先頭を泳いでいる、タンタに近づいてそっと言いました。

　「何だって、それは、もうすぐかい？」

　「ええ、もうすぐです」

　「それは、大変だ。みんな、ウイウイの赤ちゃんが産まれそうなんだ。みんなで守ってくれ」

　クジラ達のあぶない動物の中には、気まぐれな人間以外にも、シャチとサメがいました。　小さな弱い赤ちゃんが、生まれる時には、シャチやサメから、ウイウイと赤ちゃんを守らなくてはいけません。

　タンタはウイウイの前に出ると、怖い顔をして周りをにらみながら泳ぎ始めました。

　そして、ウイウイの赤ちゃんが産まれるまで、右側にはキキ、左側にチチチが並んで泳ぎました。

　ウイウイのお腹の中で、赤ちゃんが早く産まれたくてブルブルと頭と尾びれを少し動かしました。。

　ウイウイは、お腹に力を入れました。

　「・・・・・・・・・」

　ウイウイのお腹から、小さな尾びれが出てきました。

　赤ちゃんは、尾びれを力いっぱい振って、お腹の中からスルリと海に出てきました。　

　生まれた赤ちゃんクジラは、最初の息をするため、小さな胸びれと、尾びれで一生懸命泳いで、海の上に頭をだしました。

　「ブルブルブル、プハー」

　赤ちゃんクジラは、地球の空気を、胸いっぱい吸うことが出来ました。

　ウイウイは生まれたばかりの赤ちゃんクジラを、優しく見つめていました。

　「まあ、なんてかわいいんでしょう。こんにちは、おちびちゃん。私が、お母さんよ」

　ウイウイは胸びれで、赤ちゃんクジラを、優しく撫でました。

　赤ちゃんクジラは、ウイウイに甘えるように、お腹の側について泳ぎ始めました。

　「ウイウイ、元気な赤ちゃんを産んでくれて有り難う」

　タンタはそう言うと、赤ちゃんクジラをウイウイとの間にいれて泳ぎ始めました。　

　キキが近づいて来て、言いました。

　「ウイウイ、おめでとう」

　チチチもやって来ました。

　「おめでとう、ウイウイ、元気な男の子だね。良かったねタンタ」

　生まれた赤ちゃんは、牡のクジラでした。

　タンタは、ギリリと言う名前をつけることにしました。

　僕はこうして群の仲間になりました。

　僕はお母さんのおっぱいを沢山飲んで、どんどん大きく育っていきました。

　僕はお母さんの大きな背中で遊ぶのが、とても好きで、よく遊んでもらいました。

　「さあ、登ってギリリ」

　「はい、お母さん」

　海面に浮かんだお母さんの背中を、僕は胸びれを使って、ヨチヨチと登っていきました。

　「そーら、いくよギリリ」

　お母さんが頭を少し海面の下に沈めると、ちょうど背中が滑り台のようになって、僕は、背中から頭のほうへ滑って行きました。

　ザブン！ボコボコボコボコ

　「えへへ、もう一回お母さん」

　「いいわよ」

　僕は何度もねだって、お母さんの背中を滑って遊びました。

　良く晴れた、風のない波の静かな日でした。

　潮の流れにのって、群がゆっくり泳いでいると、海に浮かぶ船の民が近づいて来ました。

　お父さん達は、何度も海に浮かぶ船の民を見たことがあるので、逃げることなく、そのままゆっくりと泳ぎ続けました。

　ズダーン！

　突然大きな音が、響きました。

　それは、人間が銛を撃った音でした。

　僕の横を泳いでいた、お母さんの動きが止まりました。

　銛がお母さんに刺さったのです。

　「大変だ。みんな逃げるんだ」

お父さんのかけ声で、みんなは、力いっぱい泳ぎ始めました。

　お母さんも、背中の痛さをがまんして、みんなと一緒に泳ぎ始めました。

　しかし、背中に刺さった銛には、船から長いロープが繋がっているので、お母さんだけ逃げる事が出来ません。

　「お父さん。お母さんが、動けない」

　「わかった、ギリリはここで待っていなさい」

　お父さんはお母さんを助けるため、船に近づいて行きました。

　「タンタ、私はもうだめです。いくら力いっぱい泳いでも、この銛は外れそうにありません」

　「何を言うんだ。おれが、船に体当たりして助けてやる。待っていろ！」

　お父さんは船をめがけ、突進していきました。

　　船の上では、人間達が、近づいて来たお父さんに、銛を撃とうと狙っていました。

　「だめ、止めてタンタ。あなたは、早く逃げて。そして、ギリリと群を助けるのよ」

　「あきらめるな、がんばるんだ。おれが助けてやる」

　「だめ、このままだとあなたも撃たれるわ。お願いだから、あなたは群を守って」

　「くそお！なんてことだ。ウイウイ。おれは、おれは・・・・。分かった」

　お父さんは、大きな怒りのジャンプをすると、船の上の人間をにらみ付けました。

　「タンタ、ギリリをたのみます」

　お母さんはそう言い残すと、僕達が少しでも遠くへ逃げられるように、最後の力を振り絞り、船を引っ張り始めました。

　「今のうちに、みんな逃げるのよ。わたしは、ギリリのため、最後まで船を引っ張り続けるわ」

　お母さんは、突き刺さった銛の痛みをこらえ、力の限り尾びれを振り、胸びれを振りました。

　「ギリリのため。少しでも頑張るのよ」

　しかし、長く引っ張ることは出来ませんでした。

　ズダーン！

　「ア！、ウ、ウーン。もう、だめ」

　二本目の銛が、お母さんの体に深く突き刺さりました。

　「さようなら・・・・・。ギリリ、タンタ」

　お母さんは、血の色で赤く染まった海の中で、息絶えました。

　人間達は、死んだお母さんの尾びれにロープを結ぶと、船に引き上げました。

　僕は、遠くから船に飲み込まれていくお母さんを見送りました。

　「お母さん。お母さん、さようなら・・」

　お母さんのおかげで、タンタ達は無事に逃げることが出来ました。

　三日月が寂しそうに光っていました。

　星も空いっぱいに輝いていた夜でした。

　僕は、お母さんのことを思い出し、悲しくて、合いたくてしかたなくなると、星空に向かって悲しい歌を歌いました。

　ウイウイ、キュキュ、トトトトト。

　「お母さんに合いたいよ。お母さんの背中でもう一回遊びたいよ。お星様、どうか、僕の願いを聞いてください」

　すると、どうでしょう、不思議なことに、夜空で輝いていた小さな星の一つが、どんどん大きくなり近づいて来ました。そして、僕の上に浮かんで止まりました。

　その星の大きさは、僕の何倍もの大きさで、白く輝いています。　

　ギリリ、キキキキ、トトトトト、

　「ギリリ、何をそんなに悲しんでいるの」

　空から、優しいまるでお母さんの様な声聞こえてきました。　

　「お星様なの？それともお母さんなの？」

　「ギリリ。私は、昔あなた達に助けられた空飛ぶ船の民です」

　「じゃあ、僕の願いを聞いて、ここまで来てくれたの？」

　「お母さんは、死んでしまいまったの。だから、お母さんとは、もう会えないの・ギリリ、でも、命がなくなると言うことは、生まれてきた生き物の避けられないことなの。命のあるものは、自分以外の生き物の命をもらい生きる事が出来るの、そして、自分が死に、その体が、また他の生き物の命になるの。それは、むかし地球に命が生まれた時から始まった、生き物たちのきまりなの。だから、ウイウイは、死んでも、人間達の命の源に変わり、人間達の血や肉になり生きているのよ」

　「それじゃあ、海に浮かぶ船の民は、悪くないの？」

　「人間が、あなた達クジラを狩るのは、あなた達が小魚を食べることと同じことなの、だから、それは仕方ないことなのよ」

　「人間達は、食べ物が無いから、こんな遠くの海まで僕たちを狩りに来るの？」

「人間は増えすぎて、食べ物が足りなくなっているかもしれないわね。でも、少し違うのは、欲張りすぎて、食べ物を捨てるほど集める事なの。人間は、クジラだけでなく多くの生き物を必要以上に穫りすぎて、地球の生き物たちの調和をくずしているの。このまま人間を放っておくと、地球に食べ物の殆どを自分達が独り占めにしてしまい、多くの生き物は、滅んでいくかもしれませんね」

　「人間達がこのまま増え続けると、僕たちや仲間の動物達はみんな人間に食べられてしまうの」　　

　「それは違うわ。人間は知らないの。自然の調和を壊す者は、その破壊の大きさと同じだけ、またはそれ以上のわざわいが必ず返ってくることを。だから、このまま放っていても、いずれ人間は自分達の行為で自ら滅んでいくでしょう」

　「でも、それじゃあ滅ぶ前に、また、人間が僕たちを狩りに来るかもしれないの？」

　「そうかも知れません。ギリリ、どうして欲しいのです。私達は、あなたが望めば、人間をこらしめて、数千年前の人数まで減らすことだって出来ますよ」

　「・・・・・・・・・」

　「どうします、ギリリ」

　「いいです。僕は人間と違います。僕だって多くの小魚達の命を、食べ物としてもらって生きています。人間を食べ物にしないかぎり人間の死を望むことは生き物たちのきまりに反します。僕は、生き物たちのきまりを守ります」

　「分かりました。あなたは、とても優しいクジラですね。それでは、人間が近づいて来ても危なくないように、人間が何を言っているのか、何を考えているのか分かるようにして上げましょう」

　すると、大きな輝く星から、眩しい光の柱が僕の頭に降りて来ました。

　僕は光に包まれて、目の前が真っ白になり、何も見えなくなりました。

　暫くして、やっと目が見えるようになると、海の上に、光に包まれた人間の様なものが立っているのが見えてきました。

　「あなたは、人間なの？」

　僕は少し驚いて聞きました。

　「私の体は、人間の形に似ていますが、人間ではないのです。空にある遠い星の一つから来た人間とは違う生き物なのです。私達は時々地球にやって来ますが、今日は偶然あなた声が聞こえて来たのでここへやって来たのです。今、あなたには、人間の言葉や考えが分かる能力が付きました。これからはこの能力を使い、良い人間と危険な人間を見分けて、人間達と上手く生きて下さい」

　空に浮かぶ船の民は、そう伝えると、輝く星の中にゆっくりと引き上げられ戻って行きました。

　「ギリリ、お父さんのタンタが心配して、こちらへ近づいて来ています。私は星へ帰ります。元気を出して、悲しみに負けないようがんばって下さいね」

　「有り難う。僕、がんばるよ」

　その時、お父さんは、もう僕の横に着いていました。そして、海の中から頭を出して輝く輝く星を見ていました。

　「ギリリ、あれが伝説の空に浮かぶ船の民かい」

　「うん、お父さん。今から遠い星に帰るんところだよ」

　輝く星は、ゆっくりと動き始めました。

　僕とタンタは、並んで海から頭を出し、見送りました。

　「さようなら、ギリリ、タンタ」

　「さようなら」

　僕とお父さんは、別れのあいさつに、大きなジャンプをしました。

　輝く星は、急加速すると、瞬く間に夜空に消えて行きました・

　それ以来、タンタ達の群は、僕が空を飛ぶ船の民に授かった能力のお陰で人間に襲われることはありませんでした。

　それから数年経ちました。

　僕は、若い牡ザトウクジラに成長しました。

　ザトウクジラの若い牡は、一人前の牡クジラになるために、群から離れ他の群と接触したり、色々な未知の経験をしなければいけません。

　僕も群から離れて、独りで行動をするようになりました。

　独りでの行動は、初めは短い時間から始まり、その時間が少しずつ長くなっていき、やがて数日の間まったく独りで過ごすようになってきていました。

　そんなある日のこと、群から離れ南の海で泳いでいる時、人間の助けを呼ぶ声を聞いたのです。

　人間はお母さんを殺した危険な民なので、気を付けて近づかないといけません。

　僕は、海の中に潜ると、ゆっくりと人間に近づいて行きました。

　人間は、小さな板きれにつかまり眠っていました。

　僕は、眠っている人間の心をのぞいてみました。

　動物達が大好きだった子供のころ。

　人々に裏切られ傷ついても、人を裏切ることが出来ずに苦しんでいる青春時代。

　家族を愛し、笑顔のあふれる家庭。　　

　その人間の心には、多くの人間が忘れてしまった動物達の持つ、汚れを知らない愛が残されていました。

　僕はその人間を、助けることにしました。

　そして、人間の横に浮き上がると、胸びれで海面を叩き、水しぶきを浴びせたのです。　「ギリリ、その出会った人間が、私なんだね？」

　（はい、もちろんそうです）　

ギリリの物語は、ここで終わりました。

　しかし、ギリリの話は、言葉として耳から入って来るのだけではなく、心の中にイメージと一緒に伝わって来るので、本当に体験したように思えました。

　物語を聞いている間は、現実の世界からクジラ達の世界に入っていたので、喉の乾きや空腹感を少し忘れることが出来ました。

　「私も何時か、その空飛ぶ船のの民と会ってみたいな。そして、君と同じ力を持つことが出来たら素晴らしいだろうね」

　（あなたは、良い人間です。だから今まで通りに生きていけば、何時の日か会えるかも知れません）

　東の空が明るくなり始めました。ギリリとの長い夜の終わりが近づいて来たようでした。

　（雨が、降って来ます）

　「雨？」

　ギリリの言った通り、数百メートル先から雲と一緒に雨のカーテンが、こちらに近づいて来るのが見えてきました。

　私の体は、瞬く間に激しい雨に取り囲まれました。

　空から雨音と共に、命の水が降りて来ました。

　ザザザ、ザザザザ、ザー！

　「わあー。水、水、水」

　私は板きれの上にはい上がり、仰向けになると、空に向かって大きく口を開きました。

　雨水が、カラカラに乾ききった喉の中に、ゆっくりとしみ込む様に入っていきました。

　手のひらを組んで雨水を貯め、それを何度も口に運びました。

　雨は数分しか降りませんでしたが、その間に私の水の乾きはおさまりました。

　太陽が水平線から昇り、明るくなると、遠くに小さな黒い島影が見えてきました。

　「ギリリ、あれが君の言ってた陸かい？」

　（はい、あの陸には、沢山人間が住んでいます）

　「じゃあ、あともう少しで陸に着けるね」

　（はい、もう少しです）　　

　ギリリは、休むこともなく、大きな体を上手に動かしながら、私を陸へ運んでくれていました。

　その時私は、ギリリの大きな愛に守られ、まるで母親に抱かれた子供の様な安らいだ幸福な気持ちに満たされたいました。

　遠くに見えていた島影が少しずつ大きくなり、島の周りに船も数隻見えてきました。

　素敵な大海原の旅も終わりが近づいてきました。

　「ギリリ、陸に近づきすぎると危なくないかい？」

　（心配ありません。私には、危険が近づくと直ぐ分かります。でも、もう少し行った所で僕は引き返します）

　島から数百メートルまで近づいた所で、私を引っ張っていたロープがゆるんでいきました。

　ギリリが、泳ぐのを止めたのです。

　（ここでお別れです。ここからは、海水の流れが陸に向かっています。だから、簡単に陸に着けます）

　「ギリリ、命を助けてくれて本当に有り難う。君には何とお礼を言えば良いのか分からないよ」

　（お礼は良いです。もし僕が助けを求めたら、あなたはきっと同じように僕を助けると思うからです。それより、僕のことは決して誰にも言わないと、それだけを約束して下さい）

　「ギリリ、それは誓って約束するよ。また何時の日かこの海原へ来れば君と会えるのかい」

　（会えるかもしれません。そして、あなたの声を聞くことがあると思います。でも、僕はあなたに話しかけないでしょう。それは、人間達は、僕が人間と話す事が出来ると知れば、多くのクジラ達を実験のために捕らえると思うからです）

　「確かに、そうかもしれないな」　

　ギリリの大きな頭が目の前に浮き上がって来ました。

　私は、胸びれからロープを外し、頭にそっと手を触れ、優しく撫でました。

　ギリリの大きな目が微笑んでいました。

　そして、最初に出会った時のように、ゆっくりと低い声で話し始めまました。

　「おわかーれーでーす」

　「うん、有り難う」

　「さよーなーらー、よいにーんげーん」

　「さようなら、ギリリ」

　涙がこみ上げてきて止まりませんでした。

　悲しいのではありません。ギリリの汚れを知らない、生き物の持つ美しい愛を心に感じからでした。

　ギリリは、静かに海の中に姿を消しました。

　私もその場を離れ、島を目指して泳ぎ始めました。

　すると、数分も経たない内に、ギリリが私の心に話しかけてきました。

　（良い人間、見てて。今から、僕は君のために、ジャンプをするよ）

　私は板きれにつかまりながら振り返り、沖合いの海原を見つめました。

　ギリリが勢い良く海中から飛び出し、胸びれを大きく広げました。そして、体を後ろに反らし、そのまま大きな水しぶきを上げ、海の中に戻っていきました。

　ドドドド、ザバーン！

　「有り難うギリリ、とっても素敵なジャンプだったよ」

　私は心でそう思い、ギリリに伝えました。

　しかし、いくら伝えても、返事は返って来ませんでした。

　それが、ギリリを見た最後の姿でした。

　あれから３０年経ちました。

　私は、ギリリに何時合っても恥ずかしくない良い人間になるため、出来る限り努力をしてきました。

　明日、私は独りで小さな船を出し、ギリリと分かれた、あの海に行こうと思っています。

　そして、クジラ物語の続きの歌を聞かせてくれるよう、ギリリに頼んでみるつもりです。

　おそらく返事は無いでしょう。

　でも、もしかしたら、この老人の願いを聞いてくれ、もう一度会えることが出来るかもしれません。

　そうなれば、クジラ物語の続きで、また皆さんにお会いできるかもしれませんね。

　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり